寂しさの正体ってなんだろう?

なんでもない日常
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いろんな寂しさ。


「寂しい」ってなんだろう?


それは、隣に誰もいないことじゃないことを、
アタシはもう既に知っている。


誰かと笑い合っているのに、
手を伸ばせば触れることができるのに、


それでもガラス一枚隔てたような遠さを感じ、
その時流れる胸の冷たさを、アタシは「寂しさ」と呼んでいる。


だけど、職場で感じる「寂しさ」は、それとは少し違くって、
泣きたくなるほどではないけれど、やっぱり胸を締め付ける。


自分の立場しか考えていない上司。
口ばかりで動かない同僚。


丸投げにされた雑用。
どんなに頑張っても報われない仕事たち。


飲み込んだイラ立ちとため息が、
渦を巻いて、アタシを飲み込んでいく。


それでも無理して笑った後に、
心の中のアタシが泣いた。


職場で感じる寂しさって、きっと、
世界から置いて行かれたサインじゃなくて、


きっと、自分で自分を置き去りにしないでねっていう、
小さな合図なんだと思う。

本日のまこメシ。


金曜夜8時は。


晩酌のサイン。


【2時間制飲み放題の本日の晩酌のまこメシ。】
・焼き餃子
・大根と練り物の煮物
・冷やしトマト
・ビール





そう。
職場で感じる寂しさって、世界から置いていかれたサインじゃなくて、
自分で自分を置き去りにしないでねっていう小さな合図なんだと思う。


今日、一番頑張った瞬間と、
見なかったことにしたため息と、

誰にも分らなかったアタシの我慢の欠片(かけら)たちが、
静かに手をあげて合図した。


多分、それこそが、
アタシが思う「職場での寂しさ」と呼んできたものの正体で、


アタシはそっと、
その寂しさを抱きしめる。



だから、今夜、もし、
アタシがひとり寂しくなったなら、


世界から置いていかれたアタシじゃなくて、
自分を置いてきぼりにしてしまったアタシの方を、


「待たせてごめん」と、迎えに行こう。



小さな小さな合図を、

なかったことには、

したくはないから。


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