好きなものを好きなだけ?
以前、大好きだった甘エビを箱ごと抱えて、
ひとりで平らげた夜がある。
最初のひと口は、確かに天国だった。
とろける甘さに、頬まで緩んで、
嗚呼、アタシ、今、ちゃんと自分を喜ばせていると感じたんだ。
だけど、口いっぱいのご馳走は、そのうち感動を簡単に追い越して、
最後には、自分へのご褒美だったことさえ、心から遠ざけてしまったみたいだ。
一人旅もそうだった。
憧れをスーツケースに詰め込んで、
知らない国へ飛び立った。
見たかった景色を見て、
食べたかったモノを食べて、
自分のためだけに時間を惜しみなく使った。
確かに、楽しかったし、
とても幸せだった。
なのに、いちばん胸に残ったのは、
煌(きら)びやかな夜景でも、高価な食事でもなく、
「凄いね」「美味しいね」と言う相手がいない、
その「静けさ」の方だった。
嗚呼。
本当の贅沢ってなんだろう。
好きなものを好きなだけでもなく、
知らない遠くへ行けることでもなく、
きっと、足すことではなく、
削らなくて済む心の状態のことをいうんだな。

本日のまこメシ。
ゆるりと食す休日のブランチは。
本当に贅沢。
【残り物だけど贅沢な時間のブランチのまこメシ。】
・卵サンド
・ルイボスティー
・梨

満杯になることと、
満たされることは、
似ているようで、
たぶん、まるで違う。
甘エビの山を前にしても、
憧れの異国の地に立っていても、
それでも、胸のどこかに薄い空席が出来てしまう。
心のどこかに「ぬくもり」を探してしまう。
嗚呼。
本当の贅沢ってなんだろう。
それはきっと、手に入れた量や質ではなく、
心がちゃんとときめく瞬間を、大切に抱きしめられることなんじゃないのかな。
そしてそんな瞬間は、
一人では食べきれないほどの甘エビより、
案外、大切な人と分け合えるひと皿の方に、
潜(ひそ)んでいるのかもしれないね。

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