分かれ道。
アタシの会社には、定年(60歳)を迎えた後も、
雇用継続を選ぶ人たちが沢山いる。
そんな方々の見た目や、心の温度は、
「時の風」が吹き抜ける中、
静かに二つに分かれて行く気がしている。
与えられるだけの水を待ち続け、
満たされない渇きを見ないフリをする「枯れる人」。
昔好きだった歌も忘れ、
「こんなもんだろ」と諦めていく人。
自分の水は自分で汲みにいき、
乾いた日々にも、緑の種をまき続ける「枯れない人」。
派手に転んでも、恥ずかしそうに笑いながら、
「まだ走れる」と立ち上がる人。
枯れる人、
枯れない人。
それはきっと、年齢や才能の量ではなく、
内側から溢れ出る「熱」と「泉」で、常に自分を満たせるかどうかで決まるんだ。
乾いた地図を抱いたまま、「雨よ降れ」と空を見上げるだけではなく、
世界がどんなに冷たく乾こうと、心の中に枯れない泉を湛(たた)えたい。
そして、いつか、アタシも、
その一人でありたいと願っているからさ。
だから、今は、
「口だけ」ではなく「動く」自分でいようと思うんだ。

本日のまこメシ。
枯れないために。
酒の滴(しずく)。
【酒の一滴血の一滴の本日の晩酌のまこメシ。】
・ちくわ大葉チーズの揚げ焼き
・寿司(いくら/ホタテ)
・卵豆腐
・ビール

気付くと、アタシのハイヒールの高さも、
9cm → 7cm → 5cmと、年々、低くなっていくけれど。
それでも、いくつになっても、
「ため息」よりも「胸の高鳴り」を選ぶ自分でいたい。
枯れない自分になることは、
決して、大きな夢や立派な目標を追いかけることではなく、
今日の自分を、少しだけ丁寧に扱ってあげること。
今日は、自分にどんな一滴をあげようか?
明日は、何をして自分を愉しませようか?
その問いかけを忘れない限り、
アタシはきっと枯れないでいられるに違いない。
さぁ、静かに眠りにつくだけではなく、
新しい朝を待つとしよう。
使い古したカバンの中に、
新しい地図を忍ばせて。

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