父の認知症が始まった。#56

※ アフィリエイト広告を利用しております
※ アフィリエイト広告を利用しています

遺言


ある日、母はアタシにこう告げた。

「お母さん、管(くだ)に繋がれて生きるのはイヤ」

「そうなったら、もういいからね」



今から思い返すと、
何故、元気な母がアタシにそんな話をしたかは、よく覚えていないのだが。


不思議なことに、その話をした2週間後、
母は急な事故(山から滑落)により脳死状態となり、
ベットの上で管に繋がれることとなったのだ。


虫の知らせか?
それとも母は予見していたのか?


答を確かめようはないのだけれど。


だけど、あの時、アタシたち家族は、母の「遺言」通り、
母を管に繋いで無理やり生きながらえさせることを選ぶことはなかった。




そう。
「もしも」の時に備え、事前に家族で話し合っておくべき事はたくさんあるんだよな。


延命治療の希望。
財産に関する情報。
葬儀の形式。
友人・知人の連絡先。


本当は、全ての人が元気なうちに、
弁護士や司法書士などの専門家に依頼して、
遺言書を作ってもらうのが一番いいのだが、
そんなことが出来るのは、一部の金持ちだけに違いない。


結局、アタシのような一般庶民は、
普段から、たくさん家族と話し合っておくことしかない。





これに尽きる。



本日のまこメシ。


先秋、父に、「サンマが食べたい」と云ったら。

それから実家に帰るたびに「毎回」サンマが家に買ってある。

【もう春だ、有り難いがそろそろやめてくれの実家の晩酌のまこメシ。】
・サンマ(冷凍)
・肉じゃが
・巻き寿司
・あさりの味噌汁
・リンゴ
・熱燗




認知症3年生の父は、相変わらず、症状はあまり進んでいないように見える。
だからこそ、「今」、実家を頻繁に訪れ、たくさん話をするようにしているんだ。


遺言とは、故人が自らの死後のために遺したい言葉や文章のことだが、
見送る方だって、故人のために、残したい言葉や想いはある。


そして、いつ、どの言葉が、アタシから父への最後の言葉になるかは分からない。
その時は、突然、やってくるかもしれない。


ならば、「結びの言葉」は優しい言葉を届けられるように。
いつだって、感謝を込めて、言葉を紡ごうと思うのだよ。


コメント