親の老いを受け入れられない。
幼い頃は、父が世界で一番頼りになる存在だった。
どんな時もアタシの手を強く握り、守ってくれると信じていた。
だけど、そんな父も年齢を重ね、
年々、身体が小さくなっていく気がする。
そして、父が認知症と診断されてから、約2年3カ月が経過し、
現状では、あまり深刻な状態には見えないけれど、
それでも、やはり、少しづつ、
何かが削(そ)がれていく感じは否(いな)めないでいる。
「あの頃とは違う」と感じる瞬間も増え、胸が締め付けられるんだ。
以前よりも、物事に対する意欲が減ったな。
話し方や動作も、びっくりするぐらい緩慢だ。
自分で使ったコップは、水洗いだけで棚に戻しちゃうし。
父の寝室には、紙パンツが山積みになっている。
今まで頼りになっていた父が少しづつ弱っていく姿を見ていると、
戸惑い、寂しく、どう接したらいいのかさえ、分からなくなる。
親の老いを受け入れるのは、そう簡単なことではない。
それに「認知症」も加わるとなると「特に」である。
そして、それは、まるで、
自分自身の将来をも映し出す鏡のよう。
本音を云えば、
目を背けてしまいたい。

本日のまこメシ。
手抜きの晩酌。
でも、旨し。
【今日も“ちくわ”に感謝の晩酌のまこメシ。】
・ちくわの揚げ焼き(大葉とチーズ入り)
・生ゆば
・レバ焼き(総菜)
・残った炊き込みご飯のミニおにぎり
・日本酒(熱燗)

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勿論、年齢を重ねたのは、父だけではない。
アタシだって、同じだけ、年をとった。
鏡の中のアタシには、年月の重みが刻まれている。
だけど、年齢を重ねることは、経験や思い出も増えることだから、決して悪い事ばかりじゃないと信じていたよ。
強がりに聞こえるかもしれないが、「老いじゃなく進化だぞ!」と笑っていたんだ。
だけど。
少しづつだか、しかし、確実に衰えていく父の姿を見ていると。
時の流れは容赦ない。
最近、そんなことを感じるようになった。
永遠ではないんだ。

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