父の認知症が始まった。#39

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父。鍵を失くす②

(父。鍵を失くす①は、父の認知症が始まった。#38を参照)





「家の鍵、落としちゃったんだ」

「あちこち、ずっと探したんだけれど」

「あの日は寒くて、身体中が痛くなっちゃって……」


父は、哀しみと怒りを滲ませながら、吐き出すように語り始めた。
今にも泣き出しそうな父を、生まれて初めて見た気がする。


どうやら、その日は、午前中から電動シニアカーで公園に向かい、
軽く運動をした後、薬局とコンビニに寄ってから帰ってきたそうだ。


が、自宅に着くと、家の鍵だけが見当たらない。
今まで一度も、鍵を失くしたことなどなかったのに。




慌てて、公園、薬局、コンビニと同じ道を辿ったが、鍵は見つからず、
疲れと寒さで、身体が悲鳴をあげたらしい。


認知症のこともあり、
鍵をなくした自分に対し、
より一層、ショックと不安が増してしまったのかもしれないな。




大変だったね。


お父さん。


本日のまこメシ。


最近、毎日、残業。


それを見込んで、すぐに食せる食事をスタンバイ。


【温かいラーメンが心に沁みるのだよの本日のまこメシ。】
・トッピングも買っておいたよの醤油ラーメン
・洗えばいいだけのシャインマスカット
・せめて身体に良さそうな豆乳を添えて


「うん、うん」と父の話を余すことなく聞いていたアタシだが。
ここで、チラと疑問が頭をよぎる。
結局、どうやって、家に入ったのだろう?


「お姉ちゃんに電話して、鍵を持ってきて貰ったの?」




「いや、慌ててたんで、電話をかけて鍵を持ってきて貰うという考えに至らなかった」

「それで、夕方にもう1度だけ、公園に行ってみたらさ」

「キラッと光る物があってね」














「鍵が落ちてた」












え? あの広い公園で、鍵を見つけたの?

「お父さん、むしろ凄いよ! それって奇跡じゃない?」






「奇跡」という言葉を聞いた途端、
父は俯(うつむ)いていた顔を、ゆっくりと上げた。


「鍵を失くしたことは残念だったし、寒い中、ずっと探し回ったことも、本当に大変だったと思うけれど」

「でも、薬局やコンビニの店員さんたちも、親切に探してくれたんでしょ?」

「それに、あんな広い公園で、しかも薄暗い夕方に、『鍵を見つけた』って凄い奇跡だと思わない?」

「お父さん、むしろ、強運だよ」




父は、目を見開いた。
その顔は、一瞬にして、ぱーっと明るくなり、生気が戻ってくるのを感じた。



「確かに、そうだな」







人は、認知症に限らず、病気や苦しみに直面すると、
つい、ネガティブな事の方にばかりフォーカスを当ててしまう。


が、きっと、悪いことばかりじゃない。
気づかないだけで、そこには良い「何か」も潜んでいる事もある。




それから父は、少しだけ笑い、
以前のように、すっくと立ちあがり、自ら台所へ向かった。


「なんか腹減ったな。ご飯あるか?」

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