心の声。
「奥さんだけならね、アタシ、絶対、負けないと思うんだ」
「でも、子供がまだ小さいみたいで。それが、ちょっとね」
瑠璃子の突然の告白に、
何と答えていいのか解らず、躊躇(とまど)っていた。
すると。
まただ。
空間が更に歪む。
そして、今度は、耳鳴りもする。
薄い色のついた映像が、頭のどこかで、コマ送りのように流れ出す。
小さな男の子が、家の中から庭に向かって、勢いよく走り出てくるのが視えた。
4~5歳くらいか?
栗色の髪を持つ、元気で可愛い男の子だ。
おそらく。
瑠璃子の想い人の子供であろう。
一瞬の映像だけで、
男の子がとても愛されて育っているのが、感じとれた。
神様のバカ。
余計に、何も云えなくなるじゃないか。
アタシは、瑠璃子の友達なのに。
瑠璃子に幸せになって欲しいだけなのに。
こんな映像を視せられて。
何が正しくて、何が悪いかなんて、
どちらの視点に立つかで、するりと変わってしまうんだ。
空間は歪んだまま。
瑠璃子の顔も、相変わらず、能面のようだ。
命を持たない冷たい顔が、
まじろぎもせず、ジーっとこちらを見つめてくる。
だけど。
何かがおかしい?
周囲から、音という存在が、全て消えてしまったようだ。
そう。
この感じ。
これは、おそらく。
霊聴(れいちょう)だ。
瑠璃子がアタシに、
こっそり、本音を明かしてくれたわけではないようだ。
嗚呼、また……。
彼女の「心の声」が聴こえてしまったんだ!
霊聴(れいちょう)
霊視は、よく聞く言葉だが。
霊聴とは、通常は聴こえない音を聴き取る能力のことである。
アタシは、たまに、
不思議な「声」を聴き取って(感じとって)しまうことがあるようで。
(関連記事:第34柱 神様の声の聞こえ方)
それは、亡くなった人や守護霊など、目に視えない存在の声であり、
そして、たまに。
生きている人の「心の声」を拾ってしまうことがあるようだ。
過去の経験からすると。
話し手が(瑠璃子のように)悩んでいて、
実は、聞いて貰いたいと願っている時だけ、アタシの耳に届くようだ。
正直。
生きている人の「心の声」は、聴きたくない。
知りたくもないのだが。
それでも「聴こえる」という時は。
その声を聴いてあげる事が、きっとアタシのお役目なんだと思っている。
能面のような瑠璃子の表情は。
見る角度によっては、微笑むようでもあり、また、悲しげでもある。
瑠璃子は、この恋を、楽しんでいるの?
それとも、恨んでいるの?
いいよ、瑠璃子。
今夜は、とことん聞いてあげる。
ただし、心の声じゃなく、実際の声でね。
つづく
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