分かれ道。
ある時、会社の同僚が、真剣な顔をして問うてきた。
「私、人を好きになってもいいのかな?」
彼女は、経理担当のしっかり者。
女優の綾瀬はるかさんに似ている超絶美人である。
(なので、このブログでは、彼女の事をハルカさんと呼ばせていただく)
ハルカさんは、その美貌と優しい性格から、社内外を問わず、多くの男性ファンがいる。
そりゃあ、ハルカさん、人を好きになってもいいに決まってるよ、と云ってあげたいところだが……。
ハルカさんは30代の人妻だ。
確か、結婚7年目?
子供はまだ授かっておらず、旦那さんと二人、仲良く暮らしていると聞いていたが。
でもね。
本当は、アタシ、気づいてたよ。
ハルカさんが、同僚の年下独身男性から、猛アピールを受けていること。
普段なら、数多(あまた)のアプローチなんて、上手にかわしているハルカさんだけど。
彼とは、急速に距離が縮まって、
意図せず色っぽさが匂いたち、
なぜか哀しそうな表情が増えたよね。
これは、アタシに止めて欲しいのか。
それとも、背中を押して欲しいのか。
うーん、この二者択一は、難しすぎる。
ハルカさんは、人一倍、マジメな性格だ。
彼女の未来を大きく変える選択になりかねない。
なんと返事をするべきか、迷っていると、
それを察したハルカさんが、自ら、答えを出してくれた。
「ダメ……だよね?」
微笑んではいるけれど。
今すぐにでも、泣き出しそうだ。
ハルカさんは、縋(すが)るようにアタシの瞳をじっと見つめてくる。
ヤバい。
ハルカさんの心の声が聴こえてしまう。
ねぇ、私、どうしたらいいの。
教えて、ねぇ、教えて。
人生は選択の連続。
人生は、選択の連続だ。
日常の何気ない選択で、今の自分が創られている。
だからこそ、大切な選択は、誰かに委ねてはならない。
自分で自分の人生を選びとるしかないのだ。
意を決し、ハルカさんに向かい、静かに語りかけた。
今にも壊れそうな少女を、丁寧に、優しく、包み込むように。
「正直、アタシにも正解は分からないけど……。でも、人を好きになる気持ちは、誰にも止められない。良いも悪いもないよ」
一語一句逃すまいと。
ハルカさんが、固唾(かたず)をのんで聞いているのが、痛い程、伝わってくる。
「でも、その後、どうするのか、どうしたいのかは、二人で決めればいい。いや、ハルカさんが幸せになる方法を、ハルカさんが決めていいと思う!」
最後の方は、もう叫んでいた。
ハルカさんには、本当に、幸せになって欲しいのだ。
「ありがとう」
ハルカさんが優しく笑った。
潤んだ瞳。
透けるような白い肌。
恋心に揺らぐ彼女は、
本当に、
女神のように美しい。
女神。
あれから。
ハルカさんは、会社を辞めた。
恋を貫き、年下独身男性のもとへ走ったが。
あんなに熱烈にハルカさんを追いかけていた男性の方が、
受け止めきれないと、突き放したようだ。
前以上に哀しい顔をすることが増えたハルカさんは、
男性と距離を置くようになり、
何年も務めた会社も、逃げるように辞めてしまった。
ハルカさん。その選択で良かったのかな?
アタシ。ハルカさんの背中、押しちゃったのかな?
あねご神様が、静かに告げる。
「大切なのは、どちらの選択が正しいかではなく、選んだ自分を信じることだ」
数年後。
ハルカさんに、一度だけ、偶然出会ったことがある。
彼女は新しい仕事を始めていて。
今でも、変わらず、旦那さんと暮らしていた。
きっと、あの後も、沢山の「選択」を重ねてきたのだろう。
一度は手を伸ばしかけた、秘密の恋を胸の奥にしまいながら。
それでも。
ハルカさんは、やはり、圧倒的に美しかった。
愚かさの微塵もない、その横顔を見ていると、
例え、叶わなかった恋だとしても。
こてんぱんに捨てられたとしても。
この女神はきっと。
自分の選んだ道を、誇りに思っているに違いない。
つづく
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