第15柱 私の母さん神様『父と娘』

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父と娘。


母の死後、父と娘の二人だけの生活が始まった。
一時は、生きる気力を失っていた父も、少しづつ元気を取り戻してきたようだ。


なにげない日常は、限りなく愛おしい。
しかし、その日常こそが、時に、煩わしくなることもある。
どんな時でも、腹は減るし、ゴミは出るのだ。
生きるための「生活」は、倦(う)まずたゆまず、追ってくる。




父は、米も炊けない「昭和の男」だ。
こうなりゃ、アタシが家事全般、やるしかない。


とは云え、こちらとて、四角い部屋を丸く掃き、料理の腕前も、せいぜい「下の上」くらいだ。
通勤時間は、地獄の片道2時間半。
仕事、通勤、慣れない家事に追われる毎日が続き、心も身体も疲弊(ひへい)する。


この苦々(にがにが)しい日常は、いったい、いつまで続くの?


頑張らなくていい。


そんなある日、昭和の男(父)が、ぶっきらぼうに言い放つ。
「そんなに頑張らなくていい」と。


それは、父なりの思いやりを込めた言葉だったのかもしれない。
しかし、言葉とは、お互いの立場や心情によって、全く違う意味を持ってしまう。


実際、アタシには、こう聞こえたのだ。
「自分のために頑張られることが重荷だ。もう、やめてくれ」と。


頑張らなくていい。
頑張らなくていい。


父の言葉を反芻(はんする)してみる。
父の言葉は正しいのだが、悲しくて、悔しくて、涙がぽろぽろ止まらない。


頑張っちゃダメなの?
頑張って何が悪いの?
まるで、頑張っている人間が悪いかのように、云って欲しくない!


今まで我慢していた不満が、涙とともに、次々と溢れ出す。
そして、一度決壊した心は、簡単に崩れ落ちた。


「お米くらい、自分で炊いてよ!」

「お父さんの為に生きているんじゃない!」

「お母さんが死んだせいで、アタシの人生、メチャメチャだよ!」




言葉で父を斬りつけた。
母の死後、寄り添って生きてきた父娘なのに……。


今は二人しかいないガランとした家の中。
父と娘は、別々の方向を向いてしまった。



ありがとうのチカラ。


数日後、亡くなった母が夢枕に立った。


今日は、怒られるかな、と身構える。
だって、あんな酷い事を言っちゃったから。


母は、白い靄(もや)の中からフワリと現れた。
飛んでいるのか、踊っているのか、くるりと身をひるがえす。


くるくるくるりん。


両手には、大きな白い皿を持っている。


くるくる、くーるくる。


アタシの意に反し、母は楽しそうに笑っていた。
そして、お皿を高々と掲げ、神様ルールに従い、一言だけ、こう告げた。


「美味しかったよ。いつもありがとう」




うっ。
思わず、声を詰まらせる。


そう。それこそが、アタシが本当に欲しかった言葉だったからだ。



「いつもありがとう」

「頑張らなくてもいい」でもなく、「お父さんをよろしくね」でもない。


褒めて欲しいとか、慰めて欲しいわけではないのだ。
ただ、頑張っている自分を、少しだけ肯定して欲しかっただけなのである。


ありがとう。
母のそのたった一言で、全てが報われた気がした。




そう云えば、生前、母に、きちんと「ありがとう」を伝えていただろうか?
言わなくてもわかる、やって貰って当たり前なんて、思っていなかっただろうか?
母は、どんな気持ちで、家族の生活を守ってくれていたのだろう?




それからは、父に対して、要望や思っていることを、きちんと伝えるようにした。


教えるから、お米を炊いてね。
明日は天気がいいから、布団を干してね。
トイレットペーパーを買っておいてね。


そして、その度に「ありがとう」「助かるよ」「上手になったね」と照れずに伝えた。


すると、家事初心者の父も、なんだか楽しくなってきたようだ。
最初は、まる焦げの卵焼きが食卓に並んでいたが、褒めて伸ばしているうちに、メキメキと腕を上げ、今では、なんと、利尻昆布で出汁まで取って、お味噌汁を作っている。
娘は『ほんだし』を使っているというのに……。
昭和の男、成長するにもほどがある。



そして、母が亡くなって1年が過ぎる頃、父が優しくこう言った。

「お父さんはもう一人で大丈夫。これからは、オマエの人生を好きなように生きなさい」


つづく

コメント

  1. Nzカモメ より:

    まこまこさん、いつも楽しみに拝読させて頂いてますよ。
    じーんときました。涙がほろり・・・

    • まこ まこ より:

      Nzカモメさんへ
      いつも読んでいただいて、ありがとうございます!
      こちらこそ、ほろり、です。

  2. Nzカモメ より:

    涙がほろり・・・
    じーんときました。