目に見えない敵。
あの忌まわしい事件が起きたのは。
「コロナ感染症」が、世界中を混沌に陥(おとしい)れ始めた頃のことだ。
コロナは、アタシ達の生活様式を大きく変えてしまい、
在宅勤務やリモートワークを余儀なくされ、
アタシは、それに対応できるシステムの構築や、会社法の勉強に追われていた。
スタッフの中には、気ままに在宅勤務を楽しんでいる者もいたが、
全員がそうしていたら、会社は成立しない。
孤軍奮闘。
そして、正体を秘する「コロナ」にも抗(あらが)いながら。
アタシは、身も心も、極限まで疲弊していった。
目に見える敵。
そんなある日。
身体の内側から、「プツン」と何かが切れる音がした。
下腿部挫傷(腓腹筋内側頭損傷)。
いわゆる、ふくらはぎの肉離れである。
「気合」で会社に行けると思っていたが。
どうにもこうにも、だらんとした足に、全くチカラが入らない。
数字の0(ゼロ)にどんな数字を掛けても0(ゼロ)になる、そんな感じだ。
どうしよう。
やらなくてはならない仕事は、山積みなのに。
自宅から、アク部長に電話し、簡潔に説明。
まずは、自己管理能力不足を詫び、それから近々の仕事について相談した。
が……。
「俺は知らない。俺は忙しいんだ! 代わりに、バイトにやらせろ!」
そう云い放ち、乱暴に受話器を叩き切るアク部長。
耳元で。
殴りつけられるように鳴り響く「ガチャン!」という痛い音。
足の痛みなんかより。
こっちの方が、100倍、痛い。
つづく
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