第76柱 『時間が巻き戻った!?』

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朝の祈り。


ヤバイ。
寝坊した。


その日、気分よく二度寝したアタシは、
そんな自分を呪いながら、
家中の時計を、何十回と確認しながら身支度を進めていた。


まー、しかし。
いつもなら、最後まで観られないテレビの料理コーナー。
寝坊したお陰で、今日は、最後まで観られて良かったな。


朝ごはんは諦めて。
超特急で急いでも、10分遅刻で会社に着く計算だ。




「お家の神様、行って来まーす!」

一人暮らしのこのアタシ。
「行って来ます」を云う相手もいないので、
いつの頃からか、神様に向かって挨拶するようになったのである。


この日ばかりは、おまけのお願い。

「時間の神様、遅刻はイヤ。会社に間に合いますように!」


時間が巻き戻った!?


地下鉄の乗り換えで、長い長い通路を歩く。
いつもより10分遅いだけなのに、結構な人混みだ。


その時、突然。
少し前を歩く男性のリュックから、キーホルダーが落ちるのが見えた。


カッシャーン。
カッシャーン。
カッシャーン。


何だろう?
床に打ち付けられたその音が、大きく何度も反響している。


床から目を上げると。
あれ、人が減った?


疲れているのかな?
地下鉄の通路全体が、靄(もや)がかかったグレーのトンネルに視える。


違和感はあるが。
条件反射なのか、身体は勝手にいつもの道を進む。


そして、毎日使っているエスカレーターに乗ろうとすると、
あれ? いつもとは逆方向になっている。


この場所は、9:30を起点として、エスカレーターの運転方向を切り替えるシステムだ。
この時間ならば「下り」になっている筈なのに。
何故、「上がり」のままなのだろう?


トンネルに視えた通路を抜け、いつもの乗り場に到着。
強い違和感は、更に増し、
ふと、駅の時計を見つめると……。


え!? 1時間、時間が巻き戻っている!


記憶が消される?


結局。
10分遅れるつもりで家を出たのに。
1時間早く会社に着いた。


勿論。
寝ぼけていたとか、勘違いとか、
そう云う意見は承知の上だ。
逆に、そうであって欲しいと願う。


だけど。
目覚ましのアラームは、一つしか設定していないし。
朝は、狂ったように、何度も時計をチェックしたし。
いつもなら観られないテレビの料理コーナーも最後まで観たし。


そして、不思議なのは。
家を出る前の記憶が、凄いスピードで薄れていくことだ。


テレビの料理コーナーやニュースの内容は、殆ど思い出せない。
寝坊したお陰で、今日は、最後まで観られて良かったなという「感覚」は残っているのだが。


何だか、時間に記憶を消されているようで。
ちょっこり、怖い。

つづく

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