サバイバル。
「ほら。どんどん呑みなさい」
口をつけたばかりのまこのグラスに、更に、ワインを流し込む花子先輩。
呑ませ上手、注(つ)ぎ上手。
自身もぐいぐいと呑み進めながら、何だか凄く嬉しそうだ。
花子先輩がご機嫌なのは、何よりなのだが……。
まこが誘ったのは「ランチ」の筈だぞ!
なぜ、今、花子先輩と「サシ飲み」しているのだ?
「ランチもいいけど、夜はどう? まこさん、結構、呑めるって聞いたけど」
この提案を受けたのは、たった数時間前のことだ。
花子先輩は酒豪で、宴を共にした社内の勇者たちは、屍へと化したと聞いている。
まこ一人で、今宵、生きて帰れるのだろうか?
しかし。
女帝・花子先輩からの「サシ飲み」を断るという事は、「DEAD(死)」を意味する。
落ち着け、まこ。
「ALIVE(サシ飲み)」 or 「DEAD(死)」の大切な選択だ。
これは、もう、この映画業界で生き残る為の「命の選択」だ。
サバイバルなのである!
「学びに、挑(いど)みなさい」
あねご神様が、ケラケラと笑う。
この状況、絶対、楽しんでますよね?
では、花子先輩。
謹んで、お伴させていただきまーす。
ALIVE(生)or DEAD(死)
花子先輩が連れてきてくれたのは、日本橋にある立ち飲みバーだ。
「立ち飲み」と云っても、昭和の香り漂う居酒屋ではない。
重厚な雰囲気に包まれたお洒落な「スタンディング・バー」である。
お酒の種類も豊富で、つまみも本格的で旨い。
「花子先輩は、夜の東京に精通している」という噂は、どうやら本当のようだ。
「まこさんの家は、親戚が沢山集まったりするの?」
へ?
これが面接だとしたら、一発アウトのような質問をしてくる花子先輩。
ま、花子先輩になら、家庭環境の話をしてもいいけどね。
正月、彼岸、盆は、集まりますねぇ。
田舎なんで。
「そう、やっぱりね」
満足そうに頷く花子先輩。
「だって、まこさん、会社にお客さんが来ると、サッとお茶を出すもの。親戚の人が沢山集まるような環境で育ったのかな、って」
あ、いや。
それは、家庭環境というより、前の職場(映画制作会社)で、それしか出来る事がなかったので……。
「それでも偉いわ。簡単そうだけど、結構出来ないものよ」
花子先輩は、柔らかく目を細めて続けた。
「それに、人見知りしないしね」
人見知りはしませんが。
今、結構、怯えてますよ。
だけど。
花子先輩、きちんと見てくれているんだな。
日常の中の小さなことだけど。
それに。
花子先輩が褒めてくれたのが、凄く、嬉しかった。
大人になってから、褒められる機会って、圧倒的に減るからだ。
子供の頃は、どんな小さな事でも、誰かが、目一杯、褒めてくれたのに。
大人だって。
やって当たり前、出来て当たり前じゃないのにな。
歳を重ねれば、何でもかんでも出来るようになる訳じゃない。
「普通」にそつなくこなせているのは、その人の努力の賜物と涙の結晶なのだ。
大人だって、もっと褒められて良いのである。
ふむ。
花子先輩のように。
誰かのちょっとした良いトコロを見つけ出し、褒めてあげられるような人間になりたい。
なんだ。
花子先輩、良い人じゃないか。
「極度の緊張」から解放され、お酒も会話も弾みだす。
ここぞとばかり、お酌のピッチを上げる花子先輩。
まこを酔わせてどうするの?
しかも。
立って呑むお酒は、思っている以上にアルコールの回りが早い。
気付くとヘニャヘニャ、記憶も断片的だ。
結局。
DEAD(死)!
つづく
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