初めての家族。
吾輩はネコだ。
天涯孤独のオス猫である。
親とはぐれたのか、捨てられたのか。
実際のところ、よく覚えていない。
気付いたら、ひとりぽっち、ヨレヨレと北関東のあぜ道を彷徨(さまよ)っていたんだ。
ある日、オレは、小さな家に辿り着いた。
寒い寒い夜だった。
オレは酷く腹が減っていて、無様(ぶざま)な自分を呪いながら、みゃあみゃあ、家の前で命乞いをしたんだ。
そしたらさ、優しいママさんが現れ、オレの頭をそっとなで、ミルクをくれたんだ。
五臓六腑に染み渡るとは、このことニャ。
ホントに、ホントに、嬉しかったな。
ところが、ママさんのそばにいた「ちび助」が、食事中のオレの腹を、乱暴に抱きしめてきやがった。
やめろニャー!!
思わず、爪を立てちまったよ。
ちび助は、びっくりして、紅葉(もみじ)のような掌(てのひら)を、ぴょこんと引っ込めた。
怖かったのか、悲しかったのか、とにかく不思議な眼差しで、オレを黙って見つめてたな。
ご飯の後は、ママさんが、温かい家に招き入れてくれると思ったが、猫生(人生)そんなに甘くはなかった。
パパさんが、「ダメだ、追い払え」と怒ったからだ。
いいさ、また、ひとりぽっちに戻るだけだ。
踵(きびす)を返し、立ち去ろうとした瞬間、隅っこに隠れていた筈のちび助が、突然、わーわー泣き出したんだ。
「まこが面倒みるから! お家に入れてあげて! 入れてあげてぇ!」
奇跡が起こった。
根負けしたパパさんが、困った顔で、オレを家に招き入れてくれたんだ。
涙と鼻水だらけのちび助の顔が、途端に、ぱぁーっと明るくなった。
ごめんな、ちび助。
さっきは、傷つけちまったのにな。
ちび助は、嬉しそうに、またもや、ぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。
や、やめろニャぁ~~。
その日、初めて、オレにも家族が出来たのさ。
なめんなよ!
オレの名前は「たま」に決まった。
え? 古くさいって?
オレは結構、気に入っているんだ。
だって、音の響きが、すっごく優しいだろ?
ちび助の名前は、まこ。
4月から小学生になる女の子だ。
出逢った頃のまこは、オレの鼻の頭を突ついてきたり、まぁるい背中をぎゅうぎゅう抱きしめてきたり、ホント、うざいヤツだったよ。
だけど、オレが「いやだ、いやだ」と逃げ回っていたら、何かを「感じとった」のか、その後、ぴたりと追いかけてこなくなった。
代わりに、隣でゴロンと寝ころがり、黙ってにこにこオレを見てるんだ。
そう。
この子は、少し変わったところがあるんだ。
鏡の中の自分とお話ししたり。
宙を見つめて、笑ったり。
突然、飛び起きて、闇の中を見つめたり。
人間の友達とも、話が合わない時があるようだ。
「皆、ホントに見えてないの?」
「どうして聞こえないの?」
「嘘なんか、言ってないもん!」
そのたびに、悲しい顔をして帰ってきて、ママさんを困らせてたな。
それはさ。
オマエが、皆には見えない「念」や「エネルギー」を拾っちゃうからだろ?
誰よりも敏感に感じとっちまうからな。
だから、人といると、心も身体も疲れちゃうんだよな?
それで、誰よりも長く深く、寝てるんだろ?
勿論、オレは、気づいていたさ。
えっへん!
猫の霊力、なめんなよ!
だからさ。
オレは、まこの隣で寝ることにしたんだ。
ちび助は、オレが守ってあげなくちゃ。
だって、家族だもんな。
まこは、今日も人一倍、深く深く眠ってる。
普通の子供の何倍も。
深く深く空よりも深く、眠りの世界を飛んでるニャ。
たま神参上!
おいおい。
魂が抜けたように、眠り呆(ほう)けてやがる。
大人になっても変わらないようだな(笑)。
「まこ! 起きろニャ!」
このままだと火事になる。
安全装置のない古いタイプの風呂釜だ。
このまま追い炊きし続けたら、空炊きになって、ぼろアパートもオマエも燃えちまうぞ!
たま神参上!
「天界」から助けに来たニャ! (ふみふみ)
ほへ?
変な声を挙げて、まこが飛び起き、風呂場にすっ飛んで行った。
危機一髪。
オレは命の恩猫(人)だ。
だけどさ、ちび助まこ。
オマエも、随分、大きくなったな。
最後に会ったのは、オマエが中学生の頃だったな。
今は、実家を出て、一人暮らししてるんだな。
オマエ、ひとりぽっちで大丈夫か?
そうそう。
あの時は、黙って姿をくらましちまって悪かったよ。
自分の死期を悟ったオレは、ひとりで静かに旅立ちたかったんだ。
正直言うと、本当は、最後までずっと一緒にいたかったけど。
オマエ、絶対、泣くからさ。
あの頃は、楽しかったな。
あったかかったな。
幸せだったな。
オレは、まこの隣で寝るのが大好きだったよ。
もう、一緒にはいられないけど。
ずっと、天界から、見守ってるから。
でも、もし……。
もし、生まれ変わったら。
絶対、オマエを見つけるから。
また、家族になってさ。
一緒に寝ようニャ。
つづく
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